日の出在住 40代女性 震災体験談(震災当日の出来事)
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日の出在住 40代女性 震災体験談(震災当日の出来事)
PDF版
インタビューを書き起こした記録です。
コンテンツ番号 UT00000155
説明・要約
●1歳の娘を寝かしつけたときに地震発生:まだ2歳にならない娘と一緒に、社宅にいました。ちょうど娘を寝かしつけ、ひと休みしようとしていたときに大きな揺れが発生しました。私は、阪神・淡路大震災を経験しているので、まず何をしなくてはならないか……と考え、とりあえず玄関のドアを開けたり、窓を開けたりといった行動に移りました。大きな揺れが収まり、窓越しに近所の友達と「大丈夫?怖かったわね」なんて会話をしていると、階下の地面から泥水が噴き出してくるのが見えました。下水のようなひどい臭いがしたので、「下水道が破裂したのかな」などと言い合っていました。すると、近くを通った方がこれは液状化だよと教えてくれました。
●小さな娘を連れて避難場所へ:社宅の連絡網で「とりあえず避難してください」とのことでしたので、近くの避難場所に指定されている公園に向かったのですが、道路がひどい状態になっていて、とても小さな娘を連れて歩いていけるような状況ではありませんでした。泥だらけの道路にはヘドロのようなものがいくつも浮いていて、娘はおろか私自身もまともに歩けない状況です。こんな状態では外にいるよりもどこか屋内で待機していたほうがいいと思い、日の出公民館へと向かいました。途中、車に乗った近所の人とすれ違い、「これからホテルへ避難しに行きますが、一緒に行きますか」と誘われましたが、ご迷惑になるといけないと思ってお断りしました。公民館へは何度か行ったことがあり、子供を寝かせられる和室があることも覚えていました。ところが着いてみると、私と同じように小さな子供を連れた女性でいっぱいです。部屋のなかは足を踏み入れる余地もないような状態でした。そこで仕方なく家に戻ろうと思っているところ、知り合いと遭遇。同じ境遇の者どうしと、一緒に私の家へ移動することにしました。
●避難所が込み合っていたため、友人たちと自宅で待機:私たち親子を含め、子供4人、大人3人が私の家に集まりました。あれは本当に心強かった……。一人で子供とふたりきりであったら、どんなに心細かったかしれません。友達がいたおかげで誰かが常に子供たちに目をやっている状況だったので、気持ち的にもとても楽でした。ほかの人たちが子供を見ている間、飲料水を買いに行ったりもできました。それぞれの夫は皆、都内で働いていましたから、交通機関の麻痺で帰ってきたのは皆、翌朝でした。それまでの間、揺れがきたらすぐに逃げられるようにと常に準備しながら、子供たちを寝かしつけながらもずっとテレビでニュースを見ていた記憶があります。