大江健三郎
東大在学中に『死者の奢り』を文芸誌に発表し、文壇の脚光を浴びた。1958年の『飼育』で芥川賞を受賞。石原慎太郎氏、開高健氏らとともに「第三の新人」に続く新しい文学の旗手として文壇的地位を確立した。1959年には疎外された青年像を描いた長編『われらの時代』を刊行。1964年には、脳に障害を持つ長男、光さんの誕生をモチーフとした『個人的な体験』、その後、『万延元年のフットボール』『洪水はわが魂』などの話題作を次々に発表した。社会、政治状況についても積極的に発言。『ヒロシマ・ノート』や『同時代としての戦後』などにみられるように進歩的文化人の有力な一人として活動している。1994年には、日本人で2人目となるノーベル文学賞を受賞。2005年には、大江氏一人で選考する大江健三郎賞が創設された。
1992年 開館10周年記念講演会 「人を癒す文化」
『飼育』
大江健三郎/著 新潮社
戦争中、村に米軍の飛行機が墜落して捉えられた黒人兵と食事を与える係りとなった少年との物語。言葉も通じない得体のしれない怪物として脅えつつも、次第に黒人兵の人間らしさに「家畜」のような親近感を抱いていく。悲劇的な?末から大人の残酷さ、命のはかなさと疎外感を経験した少年が「僕はもう子供ではない」と目覚めていく。 著者はこの作品で学生作家としてデビューし、第39回芥川賞を受賞した。
『万延元年のフットボール』
大江健三郎/著 講談社
主人公とその妻そして弟の3人は心の内に様々な葛藤を抱えながら生きている。子供を喪ってしまったこと、自らが目指したものを実現できずにいる自分へのいらだち。そんな3人は、ふとしたきっかけで郷里に帰ることになる。四国の山奥にひっそりとたたずむ山村は主人公と弟の郷里であり、主人公は郷里のことを記憶の奥底に封じてきた。郷里の山村で暮らすうち、生家の悲しい記憶に向き合っていく。自分が何者なのか、自分はどこへ向おうとしているのか。それぞれが模索していく様子がこの作品の根底に流れるものである。
『新しい人よ目覚めよ』
大江健三郎/著 講談社
本作品は著者が家族と共に、障害を持って生まれた長男との共生の中で向かえた危機的関係を、乗り越えようとしている時期に書かれた連作短編集である。著者は自分の目にする光景や置かれている状況を、その最中に集中して読んでいたイギリス・ロマン派の詩人、ウィリアム・ブレイクの詩に重ね合わせることで冷静さを保ち、状況を打破しようとしていた。またブレイクの詩を各タイトルに用い、状況に合わせて引用することにより新たなる表現方法を見出した作品とも言える。第10回大佛次郎賞受賞作品。
『個人的な体験』
大江健三郎/著 新潮社
27歳の予備校講師、鳥(バード)は、精神的に未熟な青年であった。ある日、重度の障害のある子どもが生まれ、その現実を受け入れることが出来ずに、昔付き合っていた女性のもとに逃避する。子どもが衰弱死することを願ったが、やがて現実から逃げても何の解決にもならないことを悟った彼は、ついに子どもを育てる決心をする。長男光が脳ヘルニアであるという、実体験をもとに書かれた作品である。新潮文学賞を受賞し、のちにノーベル文学賞受賞につながった作品といわれている。