ファンタジーの中で、世界全体を一貫した論理で創造している作品を、 ファンタジーの中のファンタジーという敬意をこめて、「ハイ・ファンタジー」 と呼びます。この地球上のどこでもなく、過去でも未来でもない世界や、 人の尺度では測れない神話的世界。そこでは、時に魔法が使われ、不思議な 生き物が生きています。 そんな世界の誕生から終わりまでの歴史、謎の大海やそびえたつ山脈の地形 風土までが、作者の筆によって語られる壮大な作品群があります。 作品世界の緻密な設定の異質さに、ときに物語に入りこむことが困難なこと もあります。 また、トールキンの『指輪物語』、ルイスの『ナルニア国物語』、 ル=グウィンの『ゲド戦記』など、名作もそろっていますが、同時に粗雑な 作品も数多くあるのも事実です。しかし、本当にすぐれた作品を読むと、 世界に秩序を与える才能の素晴らしさを味わうことができます。
『獣の奏者 闘蛇編』
上橋菜穂子作 講談社
エリンは、「闘蛇」を育てる村で獣ノ医術師の母と暮らしていた。巨大な蛇「闘蛇」は恐ろしい生き物で、戦闘用に飼育されていた。ある日、「牙」と呼ばれる闘蛇が全滅し、母は責任をとらされ処刑されてしまう。エリンは故郷から逃れ、蜂飼いのジョウンに助けられる。やがてエリンは自分の運命を左右する、翼を持つ「王獣」と出会う。
文化人類学者でもある著者ならではの世界観は、骨太で力強く、人々の生活を生き生きと描いている。
続編に『王獣編』『探求編』『完結編』と『外伝』がある。
『ホビットの冒険』
J.R.R.トルーキン作 瀬田貞二訳 岩波書店
ビルボ・バギンズは、平穏な暮らしを好み、常識を大切にする小人のホビット族だ。だが、魔法使いガンダルフの誘いに心ひかれ、十三人のドワーフ小人とともに、宝探しの旅に出る。勇猛なドワーフ族との間は、反目が続くが、力を合わせて竜を倒し、ついに宝を手に入れる。
この冒険の途中でビルボが偶然手に入れた指輪が、『指輪物語』へとつながってゆく。原著には―ゆきて帰りし物語―という副題がつくが、探索の旅で主人公が成長し、最後には故郷に戻るファンタジーの原型となった名作。
『黄金の羅針盤』
フィリップ・プルマン作 大久保寛訳 新潮社
この世界では、だれもが「ダイモン」という守護精霊を持っていた。オックスフォード大学の学寮に暮らすライラの周りで、子どもが次々と行方不明になる事件がおきる。一方、北極で起きた奇怪な事件を探る叔父アスリエル卿が失踪してしまい、ライラの前に美しいコールター夫人が現れた。それは、恐ろしい陰謀に立ち向かうライラの冒険の始まりだった。
本作は、『神秘の短剣』『琥珀の望遠鏡』と続くシリーズ3部作。現実とパラレルワールド的な別世界が交錯する冒険ファンタジー。カーネギー賞他受賞。
『影との戦い ゲド戦記T』
アーシュラ・K・ル=グィン作 清水真砂子訳 岩波書店
無数の島々の連なるアースシーという世界、ここでは魔法が、あたかも医術のように、生活のあちこちに存在している。第一巻では、のちに大賢人として仰ぎ見られるようになった魔法使いゲドの、若き日の冒険と成長が描かれる。自らが招き寄せた「影」に追われ、世界の果てへと逃げたゲドが最後に見いだしたのは何だったのか?
善と悪の対立を描いたそれまでのファンタジーとは異なる、混沌の中の内なる戦いを描いた世界。私たちが立ち向かうべきものは何か指し示す、現代的な物語。