「こんなことがあったらいいな」という私たちの願いを叶えてくれるのが、 ファンタジーの世界です。懐中時計を手にしたウサギを追いかけてアリスが穴に 落ちてから、奇想天外なファンタジーは次々に誕生してきました。けれども、 突飛な設定や誇張された表現を駆使しながら、非論理的な世界を一つの感性で まとめあげ、物語を収拾するためには、けた外れの才能が必要です。 この分野で成功をおさめることができるのは、豊かな想像力を持った一握りの 作家だけです。 『チョコレート工場の秘密(映画:チャーリーとチョコレート工場)』の著者、 ダールの持ち味は読者をドキリとさせる毒を含んだブラックユーモア。 また、『魔法使いハウルと火の悪魔(映画:ハウルの動く城)』の著者の ダイアナ・ウィン・ジョーンズは、強烈な皮肉に満ちた表現で読者を翻弄させます。 頭が固くなった大人には、ついていけなくなりそうな不合理な「どたばた」を、 子どもたちは丸ごと受け止めて笑い飛ばします。
『不思議の国のアリス』
ルイス・キャロル作 生野幸吉訳 福音館書店
川辺で退屈していたアリスのそばを、時計を持った白いウサギが走って行った。後を追って穴に飛び込むと、そこはふしぎの国。アリスの体は、縮むかと思えば大きくなり、お茶の会は終わらずに延々と続く。不合理な世界に投げ込まれても、ヴィクトリア朝のお行儀を忘れないアリスと破天荒な登場人物たちとの対比が魅力。
本業は大学の数学教師であった作者のルイス・キャロルが、親しい少女を楽しませるため、直接語りかけた物語から生まれたナンセンス・ファンタジーの傑作。
『チョコレート工場の秘密』
ロアルド・ダール作 柳瀬尚紀訳 評論社
子どもたちに大人気のワンカ・チョコレートの工場には秘密がある。工場に入っていく工員が誰もいないのだ。チャーリーは、とても貧乏な男の子。秘密の工場が見学できる金色の券を奇跡のように手に入れた。おじいさんと一緒にでかけた工場の中には、チョコレートの川が流れ、不思議な世界が次々に展開する。そして、ついに子どもたちが工場に招待された理由が明らかになる。
ダールの代表作として世界中の子どもに愛されている作品。続編に『ガラスのエレベーター宇宙に飛び出す』
『ドリトル先生アフリカゆき』
ヒュー・ロフティング作 井伏鱒二訳 岩波書店
町医者のドリトル先生は、動物にもそれぞれことばがあることを知り、動物語の研究を始めた。獣医となり、犬やブタやアヒルたちと家族のように暮らしているが、アフリカでサルの疫病が流行していることを知り、救援に向かう。
ドリトル先生は動物たちと自在に話ができ、巨大な蛾に乗って月にゆくという奔放なキャラクターだ。作者は第一次世界大戦の従軍時に軍馬の扱いに心を痛め、動物のことばがわかる主人公の物語を思いついた。1920年初版、日本では戦前の1941年に翻訳が出て以来、長く読み継がれている。シリーズあり。
『長い長いお医者さんの話』
カレル・チャペック作 中野好夫訳 岩波書店
梅の実をのどに詰まらせた魔法使いに、お医者さんが聞かせたのは、お姫さまや妖怪・妖精など、不思議な生き物の病気を治したときのユーモアあふれる物語。その他、チェコのカッパ、郵便局に住んでいる小人、紳士の教育を受けた後に、山賊の家業を継ぐことになった少年の顛末など、とぼけた味わいのある全9編が収録された短編集。
カレル・チャペックはチェコスロバキア(当時)の国民的人気作家。作者の兄ヨセフの線画による挿絵も物語の面白さをよく伝えている。